バケツ

言葉を吐きます

これまで作った曲

主にバンドしているときに作った曲で、上二つ以外はデモとしてバンドメンバーに聞いてもらってアレンジしてもらうために作ったものです

上二つはバンドメンバーと協力してちゃんと作ったやつです

 

上から聴きやすい順

 

結局なにかの模造品

最初に作った曲。アニソンみたいな聴きやすさ分かり易さを重視した

ぼくはまっすぐ歩けない

アレンジをほぼバンドメンバーに頼んだ

フクザワさんというイラストレーターの個展で流してもらったので思い出深い

ヨナオシケーカク

メロディーが綺麗な感じだけど悪意も込めて作った

虫の卵

解散する直前に作ったやつ

kaguya

最初の方に作ったけど合わせるの難しそうだったのでお蔵入りになった

人の形

最初の方に作ったやつ。ゾンビが出てくるのは完全にウォーキングデッドの影響

抜け殻

解散する直前に作ったやつ2

空想の都市

かわいい感じです 

古い映画

あまり可愛くはない

tryphopia 

悪意を込めて作った

赤信号渡るなら、堂々と渡れ。

赤信号渡るなら、堂々と渡れ。

 


自転車で俺は、家から駅までの道を走り始めた。

冬の冷たい風、温かい日差し

よく通りすがる公園にはいつも人がいない

 


住宅街を抜け大通り沿いの歩道に出ると、車の騒音が一層大きくなった。

その時目に付いたのが彼女だ。

息を切らしながら走る彼女

 


ショートヘアに細身のスキニージーンズ黒いウールのジャケット自身の顔を最大限に生かしていて、ケバケバしくならない程度に抑えられて施された化粧

 


おそらく駅までの道を急いでいるのだろう

赤信号で横断歩道を渡れなくなっても、行き交う車の様子をしきり伺っている

 


それを見て、俺は溢れんばかりの下心に蓋をした。

ただの蓋じゃあない。鉄の蓋だ。

しかも蓋と本体の継ぎ目を溶接でガチガチに固めてある。ちょっとやそっと、いや国中の男が総出でも外れることはないだろう。

俺の蓋はそういう蓋だ。

 


そして俺は彼女に自転車で並ぶとこう声をかけた。

「お急ぎですか?」

「はぁ、、はぁ、、、へ?」

「良かったら自転車貸しますよ。駅前のフレッシュネスバーガーの前に止めてくれてればいいんで」

「本当ですか!?」

「どうぞ」

 


俺は自転車を降りると、そのハンドルを彼女の方に渡した。

 


「ありがとうございます!」

そう言って彼女はペダルに足をかけ、走り出す。

俺は思い出してとっさに声を出す

「あ!よかったら連絡してください!俺のラインのID、any...なんで!!」

彼女はこっちを振り向いて笑い、そのまま走り去った。

 

 

 

こうして俺は駅までの道のりを徒歩で移動することになった。

自転車から降りると、

急に世界がスローモーションで再生されているような感覚

いつもよりもより一層車の排気音が強調されているような感覚

自分だけの力でできることなど、高が知れているのではないかという思いが浮き上がる感覚

がした。

 


しばらく歩くと横断歩道に差し替さった。

信号は赤だ。自分以外に2人の人が信号が変わるのを待っている。

50代後半のオバサン、60代過ぎで散歩中であろうオヤジ

きっと自転車を貸した彼女も、この横断歩道の信号が4回、いや5回か6回変わる前にここを渡ったのだろう、そう、俺の自転車で。

 


そう思うと、ピタリと車の流れが止んだ。

ここの信号は変わるまでが結構長い。

オヤジは躊躇なく横断歩道を渡り始める。もう俺には恥も失うものも何もないといったなんの迷いもない歩き。

それを見て三歩ほど遅れて、オバサンも横断歩道を渡り始める

私は赤信号を無視していませんし、もししていたとしてもそんなこと私は知りません。前の人が歩いたから渡ったの。私の責任じゃないわ。そう思い込みたくて仕方がないといった、恐る恐るした歩き方だ。

おいババア、赤信号渡るなら、もっと堂々と渡ってくれ。

俺は心の中でオバサンに言う。

そして俺は、信号が変わるまで待った。

 

 

 

しばらく歩いて駅に着き、フレッシュネスバーガーの前に自分の自転車を見つける。

駐輪場に自転車を置き、買い物を済ませ家路につく。

 


自転車を貸した彼女からの連絡は、来ないままだ。

リュックサックがほしい

リュックサックがほしい

リュックサックの中に

着替えと水と愚かさと惨めさと、あてのない自信

一時の情動、恥、良き行い、独りの時の虚しさ

思い出せない音楽と忘れてしまった音楽

イチジクの花、ラブラドールレトリーバーの写真

子供たちの騒音、昔遊んだ公園の遊具の錆

マシュマロの甘さ、チョコレートの苦さ

蹴り飛ばした消化器、誰も見たことのない映画のワンシーン

 


そういったものを全て詰め込んで、そのついでにそのことも全て忘れてまだ歩いたことのない隣町の住宅街を歩く。

夕闇に沈む中で僕は、一人でも居られる。

人はわかりあうことが出来ない

人はわかりあう事が出来ない

 


最近、人はわかりあう事が出来ないのだなと思った

それは悪い意味とか絶望とかではなく単なる事実として、人はわかりあう事が出来ないと言う事

過去に人と分かり合えたと思ったときを思い出すと、結局自分の気持ちを相手に投影しているだけであったりする

一部の感覚を共有はできても、決定的な部分では分かり合えない

分かり合えないと言うか、受け入れ合えない

それが人間同士というものなのかもしれない

唯一根底的なところで分かり合える気がするのは、家族だと思う

 


結局、どこまでいっても他人は他人であり、自分をわかってもらう事、相手をわかることを期待してはいけない

よく考えたら、これまで自分は他人に期待していたのかもしれない

というより、今も期待しているのかもしれない

自分が相手をわかってあげることで、相手も自分のことをわかろうとしてくれる

そういう期待

してしまう

 


僕らはつねに鳥の雛のように自分を満たしてくれるなにかを待っている寂しい生き物でしかなくて、もし満たしてくれる誰かが現れたりしたとして、そこに感謝などはない

お腹いっぱいになって満足したらその巣から飛び立つだけである

巣に値打ちのあるものを持って帰ってくるのは昔話の中だけ。

 


逆に人に何かを与えることは、もし見返りを求めるのであれば適度にするよう留めておくのがいいと思った

または、独占したいのであれば飛び立つ前に巣から落として殺してしまうのもいいのかもしれない

羽をもいでしまうのもいい

世の中には無数の羽をもがれた雛鳥達がいる

その方が幸せなのかも

 


どちらにせよ他人に期待しないというのは厳しいものだと思うし、無意識にしてしまうのはもう仕方ない

そもそもコミュニケーションの根底の要素に期待の掛け合いみたいなものが存在している気がするので

期待しないような努力よりも、期待して裏切られたと感じた後の心の処理を上手くやって生きていけたらと思う