いかちゃんの物語

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宇宙を飼う羊たち

椅子に座った少女は横に浮遊しているサッカーボールほどの銀色の球体に向けて呟いた。

「ねえ、ハル、喉が渇いたわ」

「かしこまりました。リサさま」

浮遊している球体は抑揚の無い音声を発し、音を立てずにキッチンの方へ向かった。

しばらく水の流れる音が聞こえ止むと、音も立てずに球体は少女の前に移動し、その下部が少し開いてコップが透明なガラスの机に置かれた。

「どうぞリサさま」

「ありがとう」

もはや人間のパートナーは人間ではなく、高度のAIを搭載したロボットになっていた。

結婚制度は廃止され、母親がAIによって選ばれ人口子宮で作られた養子の子供を引き取り、決められた集合住宅のような住居の一室で成人するまで育てるというシステムが一般的になっていた。

 

「こらこら、そんなことまでハルに頼るんじゃ無いの。人間らしく自分で動かないと」

 

母はリサにいつも「人間らしく」と言う。しかしリサには人間らしさと言うものがよくわからない。

ただ自分がここにあり、生きて、思考している。

それこそが人間らしさであり、母の言う、やらなくていいことをわざわざやるということが人間らしさだとは到底思えないのだ。

それにこの、外部の音すら殆ど聞こえない閉鎖された空間で生きることは果たして人間らしいと言えるのか

リサは口には出さないが数ヶ月前からずっと疑問に思っていた

 

「リサ、そろそろ半年に一度の定期健診よ。ハルに診てもらって」

リサはため息をつく

「ママ、私あの装置は嫌い。頭の中を覗かれるなんてやっぱりおかしいわ。思想は自由であるべきよ」

「そうかもしれないわね、でも、過去に様々な思想を持った人類が世界に存在したことで、沢山の争いが起こり死者が出たことは知っているわね」

「それは知ってるけど」

「あなたが自由な思想を持つことで誰かが苦しむかもしれないの。それでも自由な思想が大事だと思う?」

「うーん、、、」

「それとも、"工場"にいく?」

「それは嫌だ」

「じゃあ、入るのよ」

リサは"工場"がこわいのだ。それは最も、同じように育てられた子供全てが持つ共通の認識でもあるのだが。

 

母が指差した先には、棺のようなものが立ててある

ちょうど2mほどの高さで、天井に届くほどだ。

中にはリサの体には大きいが、大まかな人の形にくり抜かれた白いクッションが入ってある。

リサがその中に体を埋めると、クッションがゆっくり膨らんでリサの体ぴったりの大きさになった。

 

音も立てず棺の扉が閉まると、中は真っ暗になった。

どこからか空気の漏れるような音が聞こえると、リサはだんだんと心地よくなり、眠くなってきた

「ママ、、、やっぱり私、、、」

 

言いかけたところで、リサは意識を失った。

球体のハルはその下部からケーブルのようなものを出すと、それを棺の横の端子に接続した。

母はテーブルからコップを台所に移動させて、スポンジに洗剤を含ませて洗い始めた。

 

 

 

しばらくすると、棺の扉がひらき、リサが眠そうな目をこすりながら出てきた。

「どうだった?」

母はリサに優しげな笑みで尋ねた。

「ママ、私が間違ってた。やっぱり、人の思想は自由であってはいけないわ。争いは差異から生まれるもの。そして、争いは何も生み出さない。さっきはごめんなさい」

「それでいいのよ」

リサはゆっくりとテーブルに着くと、母の淹れたコーヒーに砂糖を入れ、飲み始めた。

フゥと息をつくと、欠伸をして、首を回した。

そろそろ何をすれば人間らしいのか、ハルに聞かないと。