バケツ

言葉を吐きます

ミートソーススパゲティ

ミートソーススパゲティ


僕はミートソーススパゲティに聞いた
「君はナポリタンスパゲティかい?」
ミートソーススパゲティは答えた
「僕はミートソーススパゲティですよ」

僕はミートソーススパゲティにもう一度聞いた
「君は本当はカルボナーラスパゲティなんだろう?」
ミートソーススパゲティはまた答えた
「いえいえ、私は本当にミートソーススパゲティですよ。試しに、服につけてみてください。きっとそのお気に入りの白Tシャツについた汚れ、取れなくなりますから」

僕はミートソーススパゲティがスープスパゲティでもないくせに、そのあまりにもサラっとした対応にイラっとして言った
「服につけなくても食べたらわかるだろ!!お前は自分の食べ物としての価値を知らないのか!!」
ミートソーススパゲティは僕と同じリズムで言い返した
「じゃあ食べてみてくださいよ!アツアツのうちに!!早く!!!美味しく召し上がってくださいよ!!!今のうちに!!!」

その言葉に乗せられて僕は貪るように激しくスパゲティを食べた
そばやラーメンでもないのにものすごい勢いで啜(すす)って周りにはミートソースがたくさん飛び散った
もちろん僕のお気に入りの白Tシャツは汚れたし、その汚れはもう何度洗濯しても取れなくなってしまった。

絵の中の女

絵の中の女

 

ある一枚の絵があった
その絵は見るものを惹きつけるようなとても美しい女性が俯き加減で葉巻を吸っているという絵で、その絵には逸話があった
絵が愛されたと感じると、絵の中の女が笑うというものだ
その絵は描かれて5年間の間地元の町のカフェに展示されていたが、笑うと言うことが話題になり、高額で買い取られた。

 

しかしその後美術館に置かれた絵の中の女は、人々の様々な試みの中でもしかし一度も笑ったことがなかった
絵が笑うなんて迷信だと言うものもいれば、絵を愛するなど馬鹿らしいと言うものもいた。


だがその絵が描かれた町の住民は言うのだった
初老の男は
「10年前あの絵は確かに笑っていたよ。私が酒を飲みながら「君は美しい」と絵に語りかけた時、本当にあの絵の中の女は少し笑った・・・いや、微笑んだと言った方がいいかもしれない、とにかく、笑ったんだよ」と言い
青年は
「あの絵は本当に笑うんですよ。僕が小さいころ、絵の前カエルの真似をして顎を突き出したら笑ったんです。本当ですよ!」
と真実味帯びた表情で言うのだ

 

そんな噂が溢れているものだから、何とかその絵の中の女を笑わせようとあるとき、絵に愛を示そうと試みた三人の男がいた

 

一人目の男はこう言った
「この絵はきっと夜に寂しがっているのだ。だから私が一晩絵の側で寝てあげよう。そうすれば私の愛に気づき絵の中の女も笑うはずだ」
男は多額の金を美術館に支払って貸切、絵の横で一夜を過ごした。
男は確信していた、絵の中の女は笑うだろうと。
そして美術館の閉館時間から一睡もせず、絵を見つめ続けた。
しかし、絵の女は笑わなかった

 

二人目の男はこう言った
「この美しい絵は置かれている環境が悪すぎる。この絵が置かれる場所は最高の環境でなくてはならない。環境を良くすれば絵の中の女も気持ちよくなり、私の愛に気づき、笑うに決まっている」
そう言って男は美術館のこの絵が置かれている部屋に、当時ではかなり高価であった高性能な空気清浄機とエアコンを設置し、紙にとって最も良いとされる温度、湿度を保つようにし、絵が笑った瞬間をみられるようカメラを設置した。
一日経ったが絵の中の女は笑わない。
男は環境の変化にはすぐに気づかないだろうと思い、辛抱強く待った
しかしどれだけの期間が過ぎても、それでも絵の女は笑わなかった

 

三人目の男は何も言わなかった
ある日突然やってきて、絵の展示してある部屋に入るやいなや、展示品の絵を壁から取り外し、地面に叩きつけた。
割れた額縁から絵を取り出し、一度ぐちゃぐちゃに丸めたあと広げて、何度も破いた。
あまりに衝撃的すぎて誰も止めることができず唖然と見つめていた。
係員が駆けつけた時には、地面に散乱する破かれた絵と無表情で佇む男があった。
男はすぐに連行され、美術館を後にした。その時も男は何も言わずに俯いていた。

 

もう絵は本来の姿を取り戻すことはないだろう。

絵は係員によってまとめられ、その破片の全てを木箱の中に入れられた。

修復され、また美術館に展示されることになるだろうか、それとも、永遠に木箱の中で眠ることになるのであろうか

そして、誰も気づかなかったのだろうか

 

男によって破かれるとき、絵の中の女は、満面の笑みを浮かべていたことに

 

 

うさぎの自殺

うさぎの自殺

ある山に二匹のうさぎがいました。
彼らは兄弟で、兄うさぎは自信家、弟うさぎは逆の性格でした。

ある日二匹で山の中を散歩している時、兄うさぎは言いました
「は〜、なんか今の生活がずっと続くのかなとか思うとさ、嫌になるわ」
弟も返事をします
「でも僕らうさぎだし、今の生活が限界だよ」
「いやどうせなら一回の人生なんだし、パァーッと何か一花咲かせて死にたいっていうかさ、どうせいつ肉食動物に食べられるかわかんないわけだし」
「お兄ちゃん、”人”生って言ってるけど、僕らうさぎだからね」
「そうだったな!」

そう言って二匹は、木陰でくすくすと笑いました。
木々のざわめきが彼らの笑い声をかき消しているようでした。
そして二匹の会話はあたりが暗くなるまで続いたのです。


その夜、二匹はいつものように土に掘った巣穴の中で眠ろうとしていました。
真っ暗な穴の中で兄うさぎは言いました
「突然なんだけど弟よ、俺たちうさぎはさ、実は人に”羽”って数えられてるらしい。つまり逆説的に考えると、俺たちって実は鳥で、飛べるんじゃないかなって思うんだ。ほらこの耳。見てみろ今にも羽ばたきそうだ」
「兄ちゃん冗談やめてよ。僕たちはまぎれもなく飛べない哺乳類だよ」
「いやそれで実はさ、俺の体を使って、飛べるか実験しようと思うんだ。」
「え?」
「どうせこの山の中で生活してても楽しいことなんてありやしない。そりゃお前との会話は楽しいけど、俺はもっと楽しいことがしたいんだ。大丈夫、俺が死んだってお前は寂しくなって死んだりしない。うさぎが寂しくて死ぬとかあれ、嘘だから」
「にいちゃんふざけないでよ」
「俺は本気だ。明日、山の東側の崖から飛ぶ。見てろ」
「・・・」

そう言って兄はいつものように眠りにつきました。
弟は胸の動悸がおさまらずなかなか寝つけませんでした。
巣穴の入り口からわずかに見える星空を見ても、星は答えを教えてはくれませんでした。
大丈夫かな・・・そう思いながら、気づくと弟は眠りについていました。

朝、目がさめると、兄が隣にいないことを気づきました。
急いで巣穴から出ると、入り口で兄が待っていました。
「いい朝だ」
「本当に行くの?」
「おう、行くぞ、今日は快晴だから、飛ぶには絶好のチャンスだ」
「・・・」
二匹は無言で東の崖まで行きました。
言葉が浮かばなかったのです。ものすごく長く感じた移動でした。


そして崖につきました。
朝日が二匹の影を森の木陰につなげています。
兄は言います
「思ったより高いな」
「やめようよ」
「じゃあ、飛ぶからな。お前が俺が飛んだという証”人”になってくれ、うさぎだけど」
「にいちゃん、そろそろ冗談やめてよ」
「よし、飛ぶぞ・・・」
「やめてったら!!」
「ダメだ!!」
そう言って兄うさぎが崖から飛び降りようと足を踏み出した次の瞬間

死角から目にも留まらぬ速さで鷹が飛んできて、兄うさぎの体を両足で掴みました。
鷹はそのまま大きな羽を広げて北の空の向こうに飛んでいきます。
兄うさぎは体にしっかりと食い込む爪の感触にもがくこともできず、ただ脱力しました。
そして弟の方を見ながら最後の力を振り絞って「ほら、飛べただろ」と大声で言いました。その声は崖に反響して崖下の森に響きました。

 

弟うさぎは呆然と兄うさぎが鷹に掴まれ飛んで行く姿を眺めていました

そして、弟うさぎは眩しい朝日の中、垂れた耳を引きずりながら、山の茂みに戻って行くのでした。

残滓 1

ある匂いがある。
その匂いはとても懐かしい匂いで、嗅ぐと、心の奥にある栓がポンと音を立てて外れたかのように懐かしい気持ちがフラッシュバックして胸のあたりが暑くなり、その暖かさに涙が出そうになったり締め付けられるようになったりする
そして時間とともにその温もりは消えていき、嗅いだ匂いで自分がすごく懐かしい気持ちになったことを覚える。
だが、それがどんな気持ちだったのか、どんな匂いを嗅いでそうなったのかはどうしても覚えることができない。
思い出そうとしても、まるでそれは初めから僕の中に存在していない感覚であるかのように匂いも温もりもすっかり忘れてしまっていて、後には冬の山に取り残されたように立つ枯れ木みたいに寂しい気持ちだけが残る。
でも僕はそんな匂いも、寂しい気持ちも、好きな気がしていたのだ。


その日もいつものように目覚ましの音で目覚めた。薄く目を開けてベッドサイドのデジタル時計を見ると、モスグリーン色の文字盤に6:30という文字が浮かんでいる。
まだ6:30だ。6:45に起きて急いで歯磨きと着替えを済ませれば7:10分の電車には間に合うからもう15分眠れるじゃないか。うちは駅に近いのだと思い、僕は目を瞑る。ふわふわとした心地の中目を瞑ると、眼下には待ってましたとばかりに夢の世界が広がっていた。


その夢の世界で僕は、追われていた。僕の胸の高さくらいの大きさでピンク色をした、ナメクジみたいな化け物にだ。ものすごいスピードでそいつは追ってくる。体から出た触手の先端についた目玉をぶらぶらと揺らしながら追ってくる。
僕が走っているのは見覚えがある気がする夜の駅のホームで、運動場にあるような明るい照明で照らされていて、ホームの上には何本もの四角い柱が立っており、僕はそれをかいくぐりながら、線路に落ちないように気をつけながら逃げていた。
ホームの先を見てもどこまでも続いているかのように長く、終点が見えない。線路からは緑色の手が無数に生えていて、僕を手招きしている。僕は、足がもつれそうになりながらも走る。ものすごいスピードで灰色の地面が後ろに流れていく。逃げ切ろ。逃げ切ろ。逃げ切るんだ。
そして、走っていることが当たり前のように思えてきた時、その”慣れ”のせいで余裕が生まれたのか、ふとした疑問が頭をよぎった。そういえば、僕はなぜこいつから逃げてるんだ・・・?
無限に続く駅のホームそのもののように途方もない疑問が僕の頭に浮かんだ気がして、振り払おうとしてもその疑問はサンダルに染み付いた汗の跡みたいに僕の頭の中に張り付いて離れなかった。
その後どれくらい走り続けただろうか、流れてゆく風景が全く変わらないので自分が止まっているのか走っているのかもわからなくなりかけた頃、突然10m手前で駅のホームの床がなくなった。それは急にストンと床が落ちただとか、どこかに吸い込まれていったのではなく”なくなった”のだ。
驚いて急停止した僕はその先を覗き込む。そこは深淵と呼べるべき暗さで、いかなる光も寄せ付けないほど完全な暗さをもつ空間だった。覗き込むと心の奥底で不安という胎児が僕の心を蹴っているような感覚に襲われた。
胸に手を当て後ろを振り返ると、ナメクジはもう僕を追ってきていなかった。それどころか姿もどこにもなく、まるでナメクジに追われていたことなんて初めから存在しなかったかのように夜の駅のホーム静寂の中には汗だくになった僕がポツンとひとり立っていた。
そこで僕は気づいた。ナメクジに捕まらなければいけなかったのだ。あいつは僕を助けようとしていたのだ。
気づくと僕の頬を大粒の涙が伝っていた。


そして、その涙が駅のホームのアスファルトに落ちて染みを作った瞬間、同時に今までの全てが夢だということにも気づき、目が覚めた。
急いで時計を見るとデジタル表示で6:55と表示されている。ベッドから飛びおり、這うように洗面所に向かう。
洗面所の水道から出てきた水を両手ですくってぶつけるように顔を洗い、その後はまるで支度をする機械になったかのように全身をフル稼働させ、着替え、歯を磨く。
遅刻だと思うと心臓の鼓動が聞こえるくらい激しくなり、呼吸が浅くなる。顔が熱くなり、ぬるりとした汗が額を覆う。
鍵もかけずにアパートの部屋から飛び出し、二階から一気に階段を駆け下りる。

僕が今のマンションの営業会社に就職したのは、5年前の夏だ。
大学を卒業し、新卒で入社した食品の会社を2ヶ月で辞めた。覚えることが多すぎて、僕には合わなかったのだ。世間的には僕は根性のないやつかもしれないが、それでも構わない。人の目は気にせず、自分が思ったように生きる。それが僕のポリシーだった。
そして始めた営業の仕事はシンプルだった。結果が全てだが、結果さえ出れば後はどうでもいいのだ。

一つ遅れて乗った電車はほぼ全ての席が埋まっていたが奇跡的に一人分空いていて、砂漠でオアシスを見つけたらこんな気持ちになるんだろうなと思いながら、汗だくの体に張り付いたネクタイを緩めながら席に崩れるように座った。横のおばあちゃんは少し迷惑そうに僕に密着しないように避けた。

少し汗臭いのかもしれない。

人は自分の匂いというものには全く気付かないもので、それが時に人に嫌われる原因になったりする。だが、今は気にしているような時ではない。それに、おばあちゃんも加齢臭消しの香水の匂いきついですよと心の中で悪態をつきながら、深くため息をつきながら目を瞑る。何か、懐かしい匂いがする。僕の汗と、隣のおばあちゃんの香水の香りと乗客の体臭が混ざって何か僕の記憶の琴線に触れていることを強く感じた。

何かを思い出しそうだ、何か、懐かしい景色・・・。アスファルトの地面、照りつける太陽、僕は寝そべってアリの行列を眺めている。近所に住む女の子が僕を呼んでいる。

僕は右手に何かを持っている・・・

 

 

このままだと寝てしまいそうなことを気づきはっと目を開けると、何かがおかしいことに気づいた。
きっと気のせいだと僕はもう一度目を瞑り心の中で三回「ここは夢なのか?」と自分に問いかけてから、またゆっくりと開き、周囲を見回した。


その光景を見た時僕はここがまだ夢の中なのかそれとも現実なのか区別をつけることができなかった。
しかし何度瞬きしても、目をこすっても変わらない光景に僕はそれを現実だと認めざるを得なかった。
叫びたい気持ちと恐怖で高鳴る鼓動をを抑えて、深呼吸をして、もう一度ゆっくりと周りを見渡した。

周囲にいる乗客全てが、今朝の夢に出てきたナメクジの姿になっていたのだった。