バケツ

言葉を吐きます

おれはおれになりたい

おれは実体のない幽霊みたいだ
この世に存在しているはずなのに存在していないみたいだ
昔の友人のように怒って携帯電話を地面に叩きつけることすらできない
おれは弱い
濡れた体にクーラーの風がつめたい
そんな自分を冷静に見ている自分が暖かいことがつらい
結局自分を受け入れて欲しいだけでそのために嘘を平気でつくような人間になってしまった
人を喜ばせたいなんて嘘だ
うそばっかり
他人に嘘をつかず、自分に嘘 はついてた
嫌な人間だ
嫌な人間になんかなりたくなかった
でも嫌な人間になってしまった
良い人間になれてると思っていた
他人に何かを与える良い人間になれていると思っていた
自分になにもなければ他人に与えることなんてできないのだ
おれは弱い
つめたい目で見られることは辛いことなのにそれを良いことだと思い込もうとする
おれは弱い
自分が作り上げた偶像の中に生きている
おれは弱い
自分の意見なんてなに一つない
おれは弱い
死ぬ勇気すらない
おれは弱い
海に行って貝殻の音を聞いていたい
おれは弱い
朝日が見えないめくらになりたい
おれは弱い
明日が見えない
おれは弱い
渡された千円札を律儀に財布にいれる自分が嫌いだ
おれは弱い
こどものころからなにも変わっていない
おれは弱い
最後の最後まで人の機嫌をとろうとする
おれは弱い
人に嫌われたくない
おれは弱い
すべてが嘘に見える
おれは弱い
すべてを受け入れれば自分の存在意義があると思っている
おれは弱い
誰かに見られるのがこわい
透明になりたい
透明になれば体から湧いてくる蛆虫が見えない
透明になっていろんな物事をシニカルな目で見ていたい
おれは存在していないのかもしれない
他人からのイメージを自分に投影することでなんとか生きているだけの存在なのかもしれない
人間失格という本を思い出した
楽しさと強さと儚さと夢と希望と腐れと愛と明日と濡れたアスファルトの地面と静けさと暗がりと電柱と真実と言葉とたくさんの本と人から奪い続ける何かと胸の鼓動とどこかに行ってしまったこころと

そのすべてを抱いて眠りにつけたらと思う

ミートソーススパゲティ

ミートソーススパゲティ


僕はミートソーススパゲティに聞いた
「君はナポリタンスパゲティかい?」
ミートソーススパゲティは答えた
「僕はミートソーススパゲティですよ」

僕はミートソーススパゲティにもう一度聞いた
「君は本当はカルボナーラスパゲティなんだろう?」
ミートソーススパゲティはまた答えた
「いえいえ、私は本当にミートソーススパゲティですよ。試しに、服につけてみてください。きっとそのお気に入りの白Tシャツについた汚れ、取れなくなりますから」

僕はミートソーススパゲティがスープスパゲティでもないくせに、そのあまりにもサラっとした対応にイラっとして言った
「服につけなくても食べたらわかるだろ!!お前は自分の食べ物としての価値を知らないのか!!」
ミートソーススパゲティは僕と同じリズムで言い返した
「じゃあ食べてみてくださいよ!アツアツのうちに!!早く!!!美味しく召し上がってくださいよ!!!今のうちに!!!」

その言葉に乗せられて僕は貪るように激しくスパゲティを食べた
そばやラーメンでもないのにものすごい勢いで啜(すす)って周りにはミートソースがたくさん飛び散った
もちろん僕のお気に入りの白Tシャツは汚れたし、その汚れはもう何度洗濯しても取れなくなってしまった。

絵の中の女

絵の中の女

 

ある一枚の絵があった
その絵は見るものを惹きつけるようなとても美しい女性が俯き加減で葉巻を吸っているという絵で、その絵には逸話があった
絵が愛されたと感じると、絵の中の女が笑うというものだ
その絵は描かれて5年間の間地元の町のカフェに展示されていたが、笑うと言うことが話題になり、高額で買い取られた。

 

しかしその後美術館に置かれた絵の中の女は、人々の様々な試みの中でもしかし一度も笑ったことがなかった
絵が笑うなんて迷信だと言うものもいれば、絵を愛するなど馬鹿らしいと言うものもいた。


だがその絵が描かれた町の住民は言うのだった
初老の男は
「10年前あの絵は確かに笑っていたよ。私が酒を飲みながら「君は美しい」と絵に語りかけた時、本当にあの絵の中の女は少し笑った・・・いや、微笑んだと言った方がいいかもしれない、とにかく、笑ったんだよ」と言い
青年は
「あの絵は本当に笑うんですよ。僕が小さいころ、絵の前カエルの真似をして顎を突き出したら笑ったんです。本当ですよ!」
と真実味帯びた表情で言うのだ

 

そんな噂が溢れているものだから、何とかその絵の中の女を笑わせようとあるとき、絵に愛を示そうと試みた三人の男がいた

 

一人目の男はこう言った
「この絵はきっと夜に寂しがっているのだ。だから私が一晩絵の側で寝てあげよう。そうすれば私の愛に気づき絵の中の女も笑うはずだ」
男は多額の金を美術館に支払って貸切、絵の横で一夜を過ごした。
男は確信していた、絵の中の女は笑うだろうと。
そして美術館の閉館時間から一睡もせず、絵を見つめ続けた。
しかし、絵の女は笑わなかった

 

二人目の男はこう言った
「この美しい絵は置かれている環境が悪すぎる。この絵が置かれる場所は最高の環境でなくてはならない。環境を良くすれば絵の中の女も気持ちよくなり、私の愛に気づき、笑うに決まっている」
そう言って男は美術館のこの絵が置かれている部屋に、当時ではかなり高価であった高性能な空気清浄機とエアコンを設置し、紙にとって最も良いとされる温度、湿度を保つようにし、絵が笑った瞬間をみられるようカメラを設置した。
一日経ったが絵の中の女は笑わない。
男は環境の変化にはすぐに気づかないだろうと思い、辛抱強く待った
しかしどれだけの期間が過ぎても、それでも絵の女は笑わなかった

 

三人目の男は何も言わなかった
ある日突然やってきて、絵の展示してある部屋に入るやいなや、展示品の絵を壁から取り外し、地面に叩きつけた。
割れた額縁から絵を取り出し、一度ぐちゃぐちゃに丸めたあと広げて、何度も破いた。
あまりに衝撃的すぎて誰も止めることができず唖然と見つめていた。
係員が駆けつけた時には、地面に散乱する破かれた絵と無表情で佇む男があった。
男はすぐに連行され、美術館を後にした。その時も男は何も言わずに俯いていた。

 

もう絵は本来の姿を取り戻すことはないだろう。

絵は係員によってまとめられ、その破片の全てを木箱の中に入れられた。

修復され、また美術館に展示されることになるだろうか、それとも、永遠に木箱の中で眠ることになるのであろうか

そして、誰も気づかなかったのだろうか

 

男によって破かれるとき、絵の中の女は、満面の笑みを浮かべていたことに

 

 

うさぎの自殺

うさぎの自殺

ある山に二匹のうさぎがいました。
彼らは兄弟で、兄うさぎは自信家、弟うさぎは逆の性格でした。

ある日二匹で山の中を散歩している時、兄うさぎは言いました
「は〜、なんか今の生活がずっと続くのかなとか思うとさ、嫌になるわ」
弟も返事をします
「でも僕らうさぎだし、今の生活が限界だよ」
「いやどうせなら一回の人生なんだし、パァーッと何か一花咲かせて死にたいっていうかさ、どうせいつ肉食動物に食べられるかわかんないわけだし」
「お兄ちゃん、”人”生って言ってるけど、僕らうさぎだからね」
「そうだったな!」

そう言って二匹は、木陰でくすくすと笑いました。
木々のざわめきが彼らの笑い声をかき消しているようでした。
そして二匹の会話はあたりが暗くなるまで続いたのです。


その夜、二匹はいつものように土に掘った巣穴の中で眠ろうとしていました。
真っ暗な穴の中で兄うさぎは言いました
「突然なんだけど弟よ、俺たちうさぎはさ、実は人に”羽”って数えられてるらしい。つまり逆説的に考えると、俺たちって実は鳥で、飛べるんじゃないかなって思うんだ。ほらこの耳。見てみろ今にも羽ばたきそうだ」
「兄ちゃん冗談やめてよ。僕たちはまぎれもなく飛べない哺乳類だよ」
「いやそれで実はさ、俺の体を使って、飛べるか実験しようと思うんだ。」
「え?」
「どうせこの山の中で生活してても楽しいことなんてありやしない。そりゃお前との会話は楽しいけど、俺はもっと楽しいことがしたいんだ。大丈夫、俺が死んだってお前は寂しくなって死んだりしない。うさぎが寂しくて死ぬとかあれ、嘘だから」
「にいちゃんふざけないでよ」
「俺は本気だ。明日、山の東側の崖から飛ぶ。見てろ」
「・・・」

そう言って兄はいつものように眠りにつきました。
弟は胸の動悸がおさまらずなかなか寝つけませんでした。
巣穴の入り口からわずかに見える星空を見ても、星は答えを教えてはくれませんでした。
大丈夫かな・・・そう思いながら、気づくと弟は眠りについていました。

朝、目がさめると、兄が隣にいないことを気づきました。
急いで巣穴から出ると、入り口で兄が待っていました。
「いい朝だ」
「本当に行くの?」
「おう、行くぞ、今日は快晴だから、飛ぶには絶好のチャンスだ」
「・・・」
二匹は無言で東の崖まで行きました。
言葉が浮かばなかったのです。ものすごく長く感じた移動でした。


そして崖につきました。
朝日が二匹の影を森の木陰につなげています。
兄は言います
「思ったより高いな」
「やめようよ」
「じゃあ、飛ぶからな。お前が俺が飛んだという証”人”になってくれ、うさぎだけど」
「にいちゃん、そろそろ冗談やめてよ」
「よし、飛ぶぞ・・・」
「やめてったら!!」
「ダメだ!!」
そう言って兄うさぎが崖から飛び降りようと足を踏み出した次の瞬間

死角から目にも留まらぬ速さで鷹が飛んできて、兄うさぎの体を両足で掴みました。
鷹はそのまま大きな羽を広げて北の空の向こうに飛んでいきます。
兄うさぎは体にしっかりと食い込む爪の感触にもがくこともできず、ただ脱力しました。
そして弟の方を見ながら最後の力を振り絞って「ほら、飛べただろ」と大声で言いました。その声は崖に反響して崖下の森に響きました。

 

弟うさぎは呆然と兄うさぎが鷹に掴まれ飛んで行く姿を眺めていました

そして、弟うさぎは眩しい朝日の中、垂れた耳を引きずりながら、山の茂みに戻って行くのでした。