いかちゃんの物語

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白い狐と弱い青年

一匹の真っ白な狐がいました。

狐は何にも頼らず、巨大な森の奥で狩りをし、一匹で生きていました。 

その真っ白な毛皮は絹のように美しく、多くのハンターに狙われましたが、その姿を見たものは少なく、また、見たものも素早い身のこなしにより誰1人として狐を仕留めることが出来る者はいませんでした。


森の近くの村には目撃者はおれど、狐の存在は半ば伝説や伝記の中の存在でしかないのだという噂が広がっていました。


「白い狐?そんなの幻だよ。」

「あれはシロサギって鳥だよ。そいつが森に迷い込んだのを見ただけさ」


そんなある日のこと。

村に住む1人の青年が、森に食料探しの狩りをしにいくことになりました。

狩りには慣れており、素晴らしい方向感覚を持った青年で森の中でも決して迷うことがないため、1人で狩りを行うことを許されていました。

青年はナイフと弓矢を携え、森の奥へ奥へと入って行きました。

狙いはキジ一羽といったところです。


季節は冬に近づき、枯葉が落ちた森の入り口付近にはあまり生気が感じられません。

青年は森の奥へ奥へと足を運んで行きました。

枯葉をしゃりしゃりと潰しながら、奥へ奥へ足を運びます。


何度も通る道です。

いつも同じようなことの繰り返しに、青年は飽き飽きしていました。

同じような生活の中で日々麻痺していく自分の感覚に彼は違和感を覚えつつも、抜け出せないでいました。

抜け出しかたがわからないのです。


森の奥の方へと来ると、青年は立ち止まり耳を澄ませ、神経を集中させました。


風の音や枯葉が風に流されて擦れる音が聞こえます。

それに合わさって、ペタペタと餅を打ち付けるような音が規則的にうすらと聞こえてきます。


キジが岩の上を歩く足音です。

足音は青年の右側から少し離れたところから聞こえてくるようです。

青年は静かに木々の間を縫って、キジの元へ近づき、背後から弓矢で仕留めました。


キジが少しの間痙攣し、血が滴って岩の上に黒い染みを作り、すぐに岩に元々あった模様と区別がつかなくなりました。 



そして手早く血抜きをし、キジの尾を持ち上げ帰ろうとした、そのときです。

後方から、クォーという、動物の細い鳴き声が青年の耳に聞こえました。


振り返って見上げると、大きな木の一本の枝の上に動物が乗って、こちらを見下ろしていました。


真っ白な毛皮の、とても美しい狐でした。

太陽の光を反射すると、白く美しい毛が更に色んな色に輝いても見え、この世のものではないよう見えます。

青年は一瞬これは幻なのかと思い、一度目を深く瞑りました。


そしてゆっくりと目を開けましたが

美しい狐は、ただ真っ直ぐな赤い瞳でこちらを見下ろしているだけでした。

「な、なんだ!」

彼がそう叫ぶと

白い狐はさっと他の枝に飛び移り、消えて行きました。

「あれは、もしかして・・・」そう一人でつぶやくと、彼はキジの死体を片手に帰路につきました。


村に帰り、彼はこのことを他の村民に話そうと思いましたが、やめることにしました。

人に話すことで、もう狐に会えなくなるような気がしたからです。 


彼は、狐の美しさに魅了されていました。



その日の夜は獲ったキジで鍋を作って食べ、眠りにつきました。

眠っている間、青年は夢を見ました。

森の向こうの山の頂にある一本の樹の下で、昼寝しようとする夢です。

日差しが強いですが、樹の下は陰になっていて涼しく、気持ちよく眠ることができそうです。

横になって目をつむろうかなとを思っていると、彼の横に白い狐が現れました。

白い毛が木漏れ日を反射し、キラキラと輝いています。

白い狐はくるくると樹の周りをうろつきながら、最後には青年より少し離れたところで、眠りにつきます。その姿に安心した青年は、穏やかな気持ちになって眠りにつくのでした。



目が覚め、次の日も彼は森へ狩りに出かけました。

昨日と同じように、奥へと奥へと進んで行きます。

うさぎを仕留め、血抜きして持ち帰ろうとしたとき

クォー と鳴き声がしました。

あの狐だ。


確信した青年は振り返ります。

木の枝の上に、白く煌々と輝く美しい狐がいました。



ああ、美しい。もう少しでもこの姿を見ていたい。

感動した青年は息を飲みます。


昨日は声をあげたから、狐に逃げられてしまったんだ。

今日は声をあげないようにしよう。

そうすれば、ずっと見ていられるかもしれない。


彼は考え、声をあげないようにその場にじっと立ち狐に見惚れていると、しばらくして、狐はその場から消えるように去っていきました。


また去ってしまった。

言いようのない喪失感が青年を襲いました。

ずっと狐を見続けられるには、どうしたらいいんだろうか…

彼は何度も狐の姿を思い浮かべてはそのことばかり考えながら、狩ったうさぎを片手に、村へ戻りました。



それからというもの、彼は毎日狩りに出かけるようになりました。

狐に会うためにです。


狩りをするたびに狐が彼の背後の木の枝の上に現れ、赤い瞳でじっと見つめるのです。

彼はその姿に吸い込まれるような感覚に陥り、普段も狐のことばかり考えました。

狐がちゃんと食事をしているのか心配になり、獲物をそのまま置いていくこともありました。


村に帰れば明日狐を見ることを考え、狩りのときも狐を見ることを考えました。

しかし、考えれば考えるほど彼の中で不安が大きくなっていきました。

狐が見れなくなったときの不安です。

狐が姿を現す時間がだんだんと短くなっているような気がしていたからです。

それは青年の錯覚かもしれませんし、事実かわかりませんでしたが、青年は事実だと考えることにしました。


どうすれば狐の姿をじっと見続けていられるだろうか…。




ある日、彼はいつものように狐に会うため狩りに出かけました。

ナイフと、弓矢。

そして、いつもと違うのは、彼は吹き矢を腰に下げていたことです。

吹き矢の矢には植物より採取した猛毒が塗りこまれており、哺乳類であれば死に至らしめることができます。


彼は白い狐を殺そうとしていました。

狐を殺して剥製にすることで、ずっと見ていられるようにしようと思っていました。

そうすれば何か満ち足りた気持ちになれるのではないかと思っていました。

狐だってそうなりたいに違いないとすら思っていました。



その日は雪が降っていて、地面に積もる雪を踏みしめながら、森を歩きます。

乾いた空気に吐き出す白い息が溶けていくようです。

今日もいつものように森の奥へ進み、そして、獲物をしとめました。


その瞬間、また、背後からクォーという鳴き声が聞こえました。

彼の頭の中には美しい狐の姿と永遠の幸福が描かれていました。

でもそのとき、彼は気づいていませんでした。自分の顔が悪魔のように染まっていることに。


吹き矢を口に構えて、素早く振り返ります。


彼の目は素早く木の枝を捉えました。


しかし、背後の木の枝の上には何もいませんでした。

少し離れたところで、木の枝に積もった雪がどさりと落ちた音が聞こえただけで、どの木をどれだけ探しても狐の姿はなく、ただただ枝に積もって行く雪があるだけでした。

吹き矢に溜息を吹き込むと、毒矢がポトリと地面に落ち、雪の中に埋もれていきます。



次の日も、その次の日も白い狐は彼の前に姿を現しませんでした。



そして、3日目の狩りの日、狐に悪意を見抜かれたと察した青年は、もう今後一切狐の姿を見ることは出来ないのだと知りました。

その美しさをいつまでも見ていたかった。ただそれだけなのにと、彼は打ちひしがれました。

気づくのが遅すぎたのです。


全てを失った青年は、無意識のうちに片手のナイフを手に取り、自分の腹に突きたてていました。

白い雪の上に、赤黒い血の紋様が広がっていきます。


そして薄暗い森の奥で、静かに降る雪が青年だったものを静かに覆って、森の中に隠していくのです。

真冬の、静かな森の中での出来事でした。