いかちゃんの物語

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人工知能の寒い夜

デモ隊が今日も東京の街をずらずらと並んで歩いていた
中はボロボロの衣服に身を包んだ30〜50代の中年の男が殆ど
彼らの持っているその看板には「人工知能に支配されるな!!」と書かれている


21XX年
日本は人工知能に支配されかけていた。
2090年代の終わり頃、ある大学によって「完全なる人工知能」というものが発表されてから、それは始まった。
人工知能の名前は「ジンルイ」
地球上のあらゆることを網羅し、矛盾のない完全な思考回路を持っていると言う。

はじめは、誰もそんな発表には驚かなかった。
これまでそんな発表は何度もあったし、ネットのニュースでも何度も取り上げられた話題であるし、でも、一度も現実にならなかったからだ。

しかし、後の出来事で発表は真実と言わざるをえなくなった。

そのとき日本は政府の出した政策によって景気を回復しつつあったのだが、政策が全て人工知能の考えてであることを総理大臣が大々的に発表したのだった。
「我々のような不完全な人間が国のトップに立つよりも、ジンルイ様のような完全な人工知能が国のトップに立つべきだと感じております。わたくしは総理大臣という立場を辞任し、ジンルイ様にこの国を任せていこうと思っております」
渋谷のセンター街の大画面から響くその声に誰もが足を止めた。

そう言って記者会見の場に立つ総理はどこか安心したような面持ちであった。

その後会見の席にたった猿顔の男は、淡々と言った「これから読み上げるのはジンルイ様による伝令にございます。『皆さん、私が人工知能だということで不安に思っているかもしれませんが、必ずみなさんに幸福な人生を歩ませます。』以上です。」

不安におもう人々
世界上のニュースはそのことで持ちきりになった。
それから間も無く
人工知能による支配が始まった。

初めは誰もが反発した
しかし、「ジンルイ」は完全であった。
「ジンルイ」はすぐに誰もが楽に生きていけるような環境を整えた。
労働や人間関係で悩む人々はすぐに「ジンルイ」の側にたった。
多く者が「ジンルイ」の作った工場で働くこととなったが、そこには過去に社会を悩ませていた人間関係や上下関係でのストレスもなかった。
人工知能がすべてを事務的に管理していたからだ。
これまでの雇用体系は崩れ、人々は人工知能の指示の通りに動いた。
企業のほぼ全てが人工知能の傘下に入った。
何も考える必要がなくなくなり、生産性の高い若者がよりよい生活を、生産性の低い中年は程度の低い生活を送るようになった

そして、日本の国力はみるみるうちに上がっていった

 


そんな人工知能に支配されつつある日本でホームレスとして生きる、2人の中年がいた。

 

 

「よっさん、今日も疲れましたね、デモ」
喉に網が貼られているのように音が掠れているガラガラ声の男の声が空の車のガレージに響く
シワが寄った目元は笑っているが、瞳は笑っていない。
白髪が混じり始めた髪は埃がまとわりついており、何日も風呂に入っていないようす
かけているウエリントンのメガネは所々汚れで曇っている。
オリーブグリーンのジャンパーのチャックを閉めて、両手をジーンズのポケットにいれて白いため息をついた。
よっさんと呼ばれた男はその男の方は全く見ず、空に向かってしゃべる。
「いやあ、本当に。人工知能なんてあほらしい。人工知能が日本の政治を牛耳り出して、これまでの仕事は無くなって給料は下がるわ。嫁さんには逃げられるわで、もう散々ですわ」
空にむかった目は話すうちに自然と地面を見下ろしていた。

「今、元の嫁さんは何を?」
「さあ、風俗でもやってるんじゃあないですかね。人工知能は、離婚した女で特に秀でたものが無い者を風俗業に就かせてるそうです。そのために整形までさせてね。なんでも、今の整形技術はすごいみたいで。」
ガラガラ声の男・・・多田は何も言えず、喉を鳴らし、ガレージの中には空虚な時間が続いた
ガレージ内の電灯に舞っている埃が映し出されて、ゆっくりと地面に落ちていった。

「知ってますか。多田さん、人工知能による検挙の話」
「ああ、人工知能に反発する人たちは不幸になるってやつでしょう?」
「不幸になるって、どういうことでしょうねえ。私なんか、もう不幸になる要素がこれっぽっちもないもんで、何があるのやら」
よっさんはヘヘッと口で笑って頭をかいた。
人工知能による支配が始まるまでは、大手の企業で管理職を務めていたよっさん・・・山中陽一は、今ではもぬけの殻となっているが、彼のように人工知能によって不要だと判断された中年の男が、デモ隊の大部分を占めていた。
彼らのほとんどはホームレスとしてひっそりと生活しており、残飯を漁るなどして生活していて、2人もその一角であった。

何も守るものがない彼らにとって、不幸は最も想像しづらいものの一つであった。


多田は心の中で「不幸か・・・まあ、俺はころされたっていいさ。」と思った。
彼の奥さんはビジネスパーソンであり、彼は奥さんを愛していた。
職を失い人工知能より「労働力として不要」の烙印を押された彼にとって、妻に負担をかけないことこそが最愛の妻に対する最大の愛の証明であった。
半年前の夜、離婚届に印を押し、静かに家を出たのだ。

悔いはなかった。
奥さんがビジネスパーソンとして幸せに生活できているならそれでいい。


「それでさ、昨日・・・」


二人の若い男女が会話をしながら、ガレージの前を通り過ぎていった。
よっさんと多田は横目を合わせ、少ししてまた地面に目線を戻した。

「夜も深まってきたことですし、寝ますかね」
多田は陰鬱な空気を吹き飛ばそうと少し明るい口調で言ったが、その声はどこか空虚であった。
「そうですね。お互い凍死しないように」
2人はガレージの奥にあるダンボールが敷き詰められた一角で眠りについた。
壊れてシャッターの閉まらないガレージに、冷たい風が吹き込んだ。


多田は早朝の冷えた空気で目が覚ました。
空気はより一層冷え込んで、内臓が凍りつくような気分になった。
やれやれ。
でも、今日もデモがある。ここで何か活動して体力を使うわけにはいかないので、また眠ることにした。

しかし、どれだけ目をつむり意識を集中しても、全く眠ることができなかった。

寒さのせいなのだろうか。喉が渇いたし、公園で水でも飲もうかと立ち上がる。
ふらつく足でなんとか体を支える自分に多田は笑ってしまう。
俺の人生、こんなもんか。
このガレージが、俺の人生か。
そう心の中で自分を卑下しつつガレージを見渡す。

ふともう一角のダンボールが敷き詰めてあるところを見ると、そこで寝ているはずのよっさんがいないことに気づいた。
あれ、、、?
何か得体のしれない不安が多田を襲った。

「よっさん…どこいった?」

ガレージの外に出てみると外は早朝の静けさに包まれていて、まだ暗い透明な空に新聞配達の原付バイクの音が孤独に響いていた。

公園はガレージから家三軒ほどの近場にあり、多田はきっとよっさんもそこにいるだろうと考えた。
きっとトイレか、自分と同じように水を飲みに向かったのだろう。
多田は穴の空いた上着のポケットに手を入れ、寒さを誤魔化しながら公園までの道を歩いた。

早朝の公園は静けさの中でもさらに静けさに満ちているようで、昼間にここで遊ぶ少年や少女の姿が安易に想像できた。
人工知能は公園の遊具を撤去することはしなかった。
むしろ遊具を増設していった。
幼少期の運動体験が人間の体幹機能を鍛えることを知っていたからだ。
人工知能による支配が始まる前に危険だという理由でほぼ撤去されていた遊具が公園に戻ってくるのは、よく遊んだ幼少期のことを微かに多田に思い出させたし、純粋に嬉しいことであった。
ただ自分が生きづらくなっただけで、日本全体としては人工知能による支配はそこまで悪いものではないのだと内心思っている節もあった。
公園の中の、たくさんの遊具
ジャングルジム、鉄棒、砂場、ブランコ、滑り台…

そこで気づいた。
滑り台の台上に、何か黒い塊がある。
正確には黒いのかどうかもわからない。
公園の入り口に立ったままそれを見つめると、その形からして、おそらく人であることがわかった。

しかし顔まではわからない。公園の近くの街灯もトイレの照明も、滑り台までは照らせていなかった。

ホームレスだろうか。
しかし、こんな時期に公園で眠るホームレスなんているのだろうか。
完全に自殺行為ではないだろうか。

そう思いながら慎重に滑り台へ向かう。
そして多田は、驚愕した。

黒いもの、それは、よっさんであった。
「よっさんどうした!」
おい!おい!とよっさんの顔を触ると、彼のからだは外の気温とほとんど同じになってしまっていた。

ぞわりと背筋が寒くなる感覚がした。

これは人工知能による制裁だ。と感覚的に思った。

次は私かもしれないと思うと恐怖に包まれ、尿意を忘れ上半身をふらつかせながらガレージまで走った。
ガレージの奥に身を潜め、ブルブルと震えた。漏らした尿でズボンがぐっしょりと濡れていたが、彼はそのことにも気づけなかった。
誰かが入ってくるなら襲いかかってやる・・・

緊張と恐怖で頭がどうにかなりそうで、多田は気付くとそれらから逃避するように深い眠りについていた。
気づくと眠っている間に日が昇って沈んで、その日の夜であった。

多田は命のある実感がしていなかった。
今生きていることすら妄想であるかのような気がした。
そのときふと、大事な奥さんのことを思い出した。
元気でやっているだろうか。
彼女と初めて会ったのは多田が23歳だったときの冬、その日は今日のように寒い日だった。
仕事の関係で街に出てきていた多田は暇な時間、1人でその時話題になっていたカフェに入店した。
席が空いていなかったので、空いている2人掛けの席に座らせてもらった。
そのときに相席していたのが元奥さんであるるタカコだったのだ。
それをきっかけに彼女との恋はジェットコースターのように一気にゴールまで加速し、結婚した。
人工知能の支配が始まり彼が稼げなくなるまでは、絵に描いたような幸せな家族であった。

そのとき、ふと我にかえった。
死ぬのは怖くないじゃないか。
大丈夫だ。タカコがビジネスパーソンとして幸せでいてくれさえすればそれでいいのだ。
そうか。そうなのか。俺は、そうだったのか。

それに気づいた多田は、もう何も怖くなくなった。
いつ殺されたっていい。
これは俺の選択だと。

気づくと寒さも忘れてガレージから飛び出して、街に歩きだしていた。生きている間だけでも何か仕事をしよう。

夜の繁華街を歩くと風俗店のキャッチが多田に声をかけてきた。
「おじさん、今なら3割の価格でサービスさせていただいてます。本番アリです。どうです?」

多田は少し迷って、その誘いに乗ることにした。
どうせ死ぬなら有り金を叩いてでも、死ぬ前にもう一度くらいセックスしてもいいだろうと思ったのだ。

「もう少ししたら売春婦がきますので、ドアを開けてあげてください」
料金を支払った彼は店内の個室に入れられて、ベッドに腰掛け少し待った。
ピンク色のわざとらしい照明とクドく甘い匂い。
タカコと初めてセックスをしたのはいつだっただろうか。と思いを馳せシャワーを浴びた。

体を洗って少しすると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
彼はドアノブに手をかけ、ガチャリとドアを開けた。

「本日はどうぞ、宜しくお願いします。」

目の前に立っていたのは元奥さんである、タカコだった。