いかちゃんの物語

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ひなちゃんのダンス

食肉用豚のひなちゃんがこの豚だらけの島に流れ着いたのは、今朝のことであった。

ひなちゃんを出荷する船が途中海難事故に会い、沈没した船から流されて、気がつけばこの島に流れ着いていたのであった。

 

この島は豚島という。

昔養豚によって栄えた島であったが、伝染病によって島民は姿を消し、今では野生化した豚たちが支配する島となっており、島のいたるところでたくさんの豚が生活している。

 

「ここはどこだろう・・・?」

海水で湿った毛皮に押された焼印の「023」の数字、それがひなちゃんの家畜としての番号だ。

海水で湿った砂地に立つと、穏やかで薄い波がひなちゃんの足を優しく洗った。

前方にはたくさんの木々と小高い山が見え、振り向けば一面の空と海。

養豚場の小屋の中でしか生活したことないひなちゃんは、これまで見たことのない景色に眩暈がした。そして、波が当たらない位置まで歩いたひなちゃんは考え込んだ。

「どうしよう・・・」

考えても考えても出てこない答えに、わけがわからなくなってひなちゃんはその場に「ふせ」の姿勢になった。

 何度も「もうやだ」と独り言を言ってはきらきらしている砂粒をひたすら眺めていた。

しばらく砂粒眺めていて、砂粒が急に動き出したかと思うと、そこに穴が開いて、穴の中から小さなカニがカサカサと出てきた。

このカニも毎日こうやって穴を掘ったりして生きているんだなとひなちゃんは思った。

カニは一瞬ひなちゃんと目を合わせると、そそくさとどこかへ行ってしまった。

波の音と代わり映えしない砂粒しかない沈黙の時間がまた訪れようとしていた。

そして、そんな時間のことを思ったひなちゃんがまた「もうやだ」とつぶやいた瞬間、ひなちゃんのお尻に何かがぴちゃりと音を立てて落ちてきた。

海鳥の糞だ。

消化しそこねた魚の骨がひなちゃんの毛と毛の間にひっかかり、皮膚の上を生暖かい液状の糞が流れていく。

どうしようもないのだ。

生きるしかないのだ。

「生きよう・・・」

ひなちゃんはゆっくりと立ち上がって、小高い山に向かって歩き出した。

 

 

 

なんとかして小高い山まで着くと、そこには沢山のほら穴があった。

中にはたくさんの豚がすんでいて、豚がたくさんの山菜や飼料を並べた、市場のような場所もある。 

市場では貝殻と食料を交換しているようだった。

 

”町”だ。

 

”町”の中ではたくさんの豚がいて、皆が話したりしながら自由気ままに時間を過ごしている。

ひなちゃんはほっと安心した。

他にもたくさんの豚がいるんだわ。

そう思うと不思議と落ち着く気持ちになった。 

と同時に、猛烈な食欲がひなちゃんを襲ってきた。

島についてから何も口にしていないのだ。

 

どうやったらご飯を食べられるのだろう。何が食べられるものなのだろう。

何もわからないひなちゃんは周りにいる豚に聞いて回ることにした。

 

「どうやったらご飯が食べられるかしら?」

 

「知らん、自分で考えな。"23番"さん」

「さあなあ?てめーの”穴”貸してくれたら教えてやってもいいけどなあ?ひひひ」

「地面をほれば・・・って、あなたの前足じゃあ無理そうね。そのあたりの雑草でも食べたら?雑草だけだとバランスのいい食事にはならないと思うけど、あなたのことだし」

 

ひなちゃんはとりあえず、雑草をたべることにした。

飼料よりかは幾分まずいけど、何も食べられないよりましだと必死に草を食んだ。

虫がいたけど、捕まえようとするとすぐに逃げられるからひなちゃんには捕まえることができなかったし、太陽も沈んで暗くなっていた手当たり次第に生えている草を食べるしかなかった。

これでおなかを満たすのはものすごく時間がかかりそう。

 

悔しくなってひなちゃんの目に涙が浮かんだ。

せっかくいろんな豚がいるところまで着いたのに、こんな野草しか食べられないのである。

ぽろぽろと涙が地面に落ちて、食んでいる雑草を湿らせた。 

雑草、まずい・・・」

 

こんな状態で生きていくことができるのだろうか。そう思いながらつぶやくと、雑草の向こう側に、ひなちゃんの目にあるものの姿が飛び込んできた。

 

ダンスしている大きな豚だった。

大きな豚は前足で立ち上がって見せたり転がったりしながら豪快なダンスをしている。

そして、それを見た他の豚たちが感動したり楽しんだりして、貝殻や飼料などを置いている。

 

ひなちゃんは、「これだ」と思った。

 

幸いひなちゃんは養豚場で飼われていたときからダンスするのが好きだったから、すぐにダンスを始めることができた。

前足で立って回転してみたり、寝転んで勢いよく立ち上がってみたり

ダンスしている間は、すべてのことを忘れることができた。

 

気づくとひなちゃんの周りにはたくさんの豚が集まっていて、また、たくさんの貝殻や飼料、美味しい山菜などが置かれていた。

 

「これで生活できるわ。よかった」

ひなちゃんはほっとした。

「いやあ、ダンスよかったよ」

「ありがとう。いいダンスだった。またくるよ」

周りの豚にも沢山褒められて、貝殻や食べ物を手に入れて、ひなちゃんはうれしくなった。

 

ダンスを終え、集まった沢山のものをかき集めているとき、ひなちゃんの前に大きな影が現れた。

ひなちゃんの二倍はあるのではないのかという大きさである。

 

それは、ぶくぶくに太った豚だった。

太っているが足腰の筋肉は発達していて、その肉体を支えるには十分な太さがある。

さっきひなちゃんが見た、ダンスしていた豚だ。

ひなちゃんはあいさつしなければと思い豚に話しかけた。

 

「あ、ダンス、とてもかっこよかったです・・・」

大きな豚は鼻をふんと鳴らして、よく響く声でひなちゃんに言った。 

「アンタ、さっきそこでダンスしてたじゃない?」

「ええ、してましたけど」

「私もこのあたりでダンスしてるけど、迷惑なのよね。あなたみたいな新参の豚さんに私たちが長年かけて築いてきたこの”場”を荒らされて」

「荒らしってそんな、生きるためにやってるのに」

「それは私も一緒、だけどここら一帯は私の場所なの。だから申し訳ないけど別のところでやってもらいたいんだけど」

「はあ・・・」

 

ひなちゃんはわけがわからなかった。

ただの地面の上なのに”私の場所”って、一体どういうことなんだ。

 

わけがわからないままひなちゃんはその日、地面の上で眠りについた。

 

その後三日間はもらった貝殻や飼料で生活をした。

 

そして、四日目の夜、もらった飼料や貝殻がそこを尽きてひなちゃんはお腹が空いていたから、前にやった場所とは少しはなれた場所でダンスをした。

前やったところと離れていればあの豚も何も言ってこないと思ったのだ。

相変わらずダンスは楽しかったし、だんだんと豚たちが集まってきた。

 

すると、昨日の大きな影が現れた。

「あんた、この前の話が聞こえていなかったの?」

「あそこがあなたの場所なんでしょう?」

「そういう意味じゃないのよ。なんでわかってくれないの?」

「どういうことですか?」

「この島が私の管轄なの。だから、この島の中でやるなって言ってるの。私にはこの場を守ってお客さんを楽しませる責任があるわ」

「じゃあ私、生きていけない、、、」

「あんたのことよ」

大きな豚は鼻をフンと鳴らして首をクイと上に上げてあっちへいけと合図をした。

ひなちゃんはどうすることもできずに野草がたくさん生えている場所へ歩き出した。

 

なんて自分勝手な豚なんだろう

自分の場所を守ることしか考えないで、それを責任だとか言う言葉で正当化して。

私のダンスを望んでいる豚だっているのに。

 

それでもひなちゃんにはどうすることもできなかった。

どうすることもできないひなちゃんは山を下って、海辺の洞窟の近くで一人ダンスをした。

海辺の近くに住んでいるボロボロの豚が近づいてきて、何も言わずひなちゃんの 横に一枚の貝殻を置いた。

 

ひなちゃんはその貝殻を持ってダンスしている豚のところまでまた山を登り、貝殻を豚の横に投げた。

大きな豚は横目でひなちゃんをちらりと見て、何も言わずダンスを続けた。

そしてひなちゃんはまた山を下っていった。