いかちゃんの物語

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未来からの電話


プルルルル…


プルルルル…


ガチャ


「もしもし、過去の私ですか」


「ええ、未来からはるばる、何のご用でしょう…忙しいのです…」


「今、すごく死にたくなっているでしょう」


「…なぜわかったんですか…ちょうど、右手に薬のたっぷりと入ったコップを持っていますよ…」


「それは、私の未来のあなただから、わかって当然でしょう」


「ははっ(乾いた笑い)そりゃあ、そうか。いやはや、ついね。僕はね。人としっかり向き合うのが面倒なものですから。何かを当てられたときは、勝手に驚いたふりをしてしまうのですよ。もう、何かをプログラムされた人形みたいにね。しかし、何の用で?」


「あなたがこのまま生きていては、今の私が存在しなくなると感じたので電話した次第です」


「なるほどなるほど。それは大層なご用件だ。しかし、そんなこと言われてもね。僕は、僕ですから。」


「今、薬に依存しているでしょう。」


「ええ。これを飲むと、頭から快感物質がほわーと放出されて、とても気持ちよくなれるんですね。僕は鬱だから、こうやって過去の辛いことや変にこだわっていることを忘れて過ごすのが一番なんです。なんて合理的なんでしょう?」


「おやおや、そのままではきっと、あなたの未来は、薬漬けの日々になってしまいますよ」


「いいんですよ。もうね。僕にとって一番大切だったもの。ああ、名前を思い出すだけで涙が出てくる。ペットの犬だった、カマンベールちゃん」


「カマンベールちゃんがいない人生など、死んでいるようなものだと?」


「その通りです。よくわかっているじゃあないですか。未来の僕。なんだかんだで、カマンベールちゃんのこと、忘れられずにいるのでしょう?わかりますよ。このココロの傷は、一生治らない。死ぬまで、ずっと。」


「今は、犬を3匹と、猫を2匹飼っていますよ。カマンベールちゃんは、大切なことを教えてくれたのだと思います。」


「おやおや、そんなに強がらなくていいのです。犬を3匹飼って、カマンベールちゃんの傷を癒そうとしているのでしょう?でも、それを癒すことはできない。なぜなら、カマンベールちゃんに代わる犬など存在しないからです。カマンベールちゃんは他の犬と比べて小さくて、可愛かった。毎日僕に餌をおねだりしてくる姿。かけひき をしようとわざとらしく僕に興味ないふりをする姿。でもやっぱり僕がいなければ生きていけない危うさ。それを兼ね備えた存在など、この世に二つと存在しないのです。わかったでしょう?もう、僕は死んだも同然なのです。生きる屍です」


「やれやれ。重症ですね。本質的なことを言います。あなたは、苦しみから逃げたいだけなのです。」


「苦しみ?もう十分に苦しんでいますよ。やめてください。これ以上、私を苦しませようとしないで。ああ、世界はどれだけ私に対して刃を向ければ気がすむのでしょう。」


「いいですか。この世界には、もっとたくさんの犬がいます。それこそ、カマンベールちゃんよりも可愛い犬だってごまんといます」


「…知っていますよ。でもね、カマンベールちゃんはそのたくさんの可愛い犬とは違った。なぜならカマンベールちゃんは…」


「わかっています。わかっていますよ。カマンベールちゃんは他の犬とは違う。あのペットショップで出会ったのも、何かの運命のようなきがする。そうでしょう?」


「ええ。僕はね。もういいんですよ。カマンベールちゃんのことを思い出して、カマンベールちゃんと話した時のことを思い出して、そうやって死んでゆく。それが僕の人生なんですよ」


「それは違うと思いますよ」


「ほうほう」


「人は何かを失うと、果てしない喪失感から鬱になる。過去に固執して、離れられなくなる。でもね、本当は違うんですよ。何かを失うということは、そのスペースに、新しい何かが入ってくるってことですよ。カマンベールちゃんの死も、その為に起きた出来事なんですよ」


「うるさい!カマンベールちゃんも望んでいるはずだ。僕がカマンベールちゃんのことを忘れずに生きて行くということ。それが僕の、いや、僕とカマンベールちゃん二人の人生なのだと!」


「やれやれ。あなたは本当に頭が硬い人だ。本当は気づいてるんじゃないですか?もう過去には戻ることができないということを。気づいているのに、気づかないふりをしている。気づかないふりをする自分にも気づいている。だけど、一歩踏み出さない。今度はあなたが死ぬ番ですよ。カマンベールちゃんに支配させているあなたの脳みそを一度殺す番です。さあ、殺すのです。その依存的で、放漫で、他力本願なあなたを、殺すのです。自らの手で、殺すのです!殺せ!殺せ!自分を殺せ!」


ガチャ


ツー


ツー


ツー



「くそっ!なんなんだあいつは、、、カマンベールちゃん…カマンベールちゃん…もう君は存在していないんだね…」