いかちゃんの物語

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幽霊犬ペロ

2012年 7月

 

飼い犬のペロが死んだ。

掃除のために家の玄関が開けっ放しになっていて、そこから出て行ったペロが道路に出て、車に轢かれて死んだのだ。

いつもペロの世話をしていたこうたは夏休み前の最後の学校に行っていた。

家に帰るといつも玄関のフローリングの上で”お座り”をして待っているはずのペロがいない。

母は苦い顔をしてペロの死を告げた。

 

飼い始めてからずっとペロの友達だったこうたはそれから、部屋にこもって涙が枯れるくらいに延々と泣いた。

なんせペロは、こうたにとって唯一の親友だったのだ。

 

 

2010年 5月

 

暖かい日差しが降り注ぐ日曜日の午後、一匹の犬がこうたの家にやってきた。

父は抱きかかえた犬をこうたに見せると「お前がお世話するんだぞ」と満面の笑みで言った。後ろに立つ母が買い物袋を抱えている。

犬は茶色く小さい体を震わせながら小さな声でキュー、キューと鳴いた。

「えー犬なんて飼うの・・・めんどくさいや。それより、新しい本、買ってよ。ハリーポっターがいい」

こうたはリビングのソファに寝転んで分厚いハードカバーの本を読みながら言った。

誰も見てないテレビ画面には、料理人が魚をさばくシーンが映っている。

 

「じゃあ、この犬が”お手”をできるようになったら買ってあげるよ」

「本当に!でもめんどくさいなあ」

「めんどくさがらない。じゃあ、父さんたち、車から荷物下ろしてくるから・・・そうだ、犬に名前をつけてあげるといいんじゃないか?」

 

「はぁ・・・」

こうたはしかめっ面をしながら犬の方を見ないように、読書を続けた。

テレビ画面には立派な刺身の映像が映し出されてる。

ちらりと犬の方を見ると、犬は先ほどこうたが食べたお菓子のゴミをペロペロと舐めていた。

「こら、勝手に食べるなよ!」

ゴミを犬から取り上げるとこうたは言った。

 

「なんだ。ゴミか。そうだ。ゴミをペロペロ舐めてるから、名前は”ペロ”な。”お手”覚えてよ。ハリーポッターの続き、早く読みたいんだから」

 

面倒くさがりのこうたに、両親は生後2ヶ月の犬のお世話を押し付けた。

小学4年生にしては友達が少なく、協調性が足りないと感じたこうたに、両親が犬を育てることで共同して生きていくことの大切さを学ばせようとしたのだ。

 

 

2011年 8月

 

ギラギラと輝く、太陽。

 

「ペロー、足早いって」

こうたはペロを公園に連れてきていた。

「なんでこんな暑い日に・・・」

「ペロは動物なんだから、運動させなきゃダメなのよ」

母の言葉を思い出し、骨のおもちゃを投げた。

拾ってくるペロに話しかける。

「本当、こんなのの何が楽しいんだろうな、ペロ。お前は、アホだな」

フゥとため息をつく。本当にアホな犬だな。

でもこうたは、そんなペロを愛おしく思い始めていた。

 

2011年 12月

 

「いい。僕は今から学校に行くんだから、ペロは家で待ってなきゃダメ。じゃあ、お座り。」

こうたが白い息を吐きながらそういうと、ペロは玄関マットの横のフローリングの床にお座りをした。

ペロは最近ようやくお座りを覚えたのだ。

「じゃあ、行ってくるからね」

ガチャリと閉じるドアを、ペロはじっと見つめていた。

 

家に帰ると、今朝「お座り」と言って座らせたのと全く同じ場所で、ペロは”お座り”をして待っていた。

出てきた母が笑いながら言った。

「ここから動こうとしないのよ。まるで、忠犬ペロね。ただ、床がフローリングでつめたいからか、時々リビングに戻ってくるけど。カーペットの上に乗ればいいのにね」

 

「なんだそれー、てかペロ、そろそろ”お手”覚えないとな」

こうたはペロの頭を撫でた。ペロはこうたの手を舐めようとした。

「おいおい、学校から帰ったばかりで手きたないんだから、本当アホだよなー」

本当にアホだ。でも。こうたはそんなペロを愛おしく思った。学校では、誰も彼を待ってくれたことなどないのだ。

 

 

そうやって、こうたにとって、ペロは唯一無二の親友となった。

 

2012年 7月

 

事故があってペロの死んだ日の午前2時、ペロは目覚めると、家の玄関にいた。

ずっと寝ていたのだろう。いつものように階段を駆け上がり、こうたのいる部屋に向かった。

ベッドの上ではこうたが眠っている。

ベッドに飛び移ると、ペロは体を丸めて一緒に眠った。

 

2012年 9月

 

こうたはあれから、一切外に出ることなく真っ暗にした部屋でずっと泣いていた。

ペロはその顔をペロペロと舐めていたが、なぜかこうたがそれに気づくことはなかった。

時節こうたが「ペロ・・・」とつぶやき、ペロもそれに答えるようにわん!と鳴くのだが、こうたがその鳴き声に気づくことはなかった。

 

2012年 10月

 

家に、新しい犬がやってきた。

「こうた、ペロのことはごめんね・・・」

そういって母は小さな白い犬をこうたに見せた。

犬は小さな足をばたつかせている。

「ペロじゃなきゃ・・・ペロじゃなきゃダメだよ・・・」

こうたはそういうと部屋に戻った。

ペロはその間、心配そうな目でこうたを見ていた。

 

2012年 11月

 

こうたは相変わらず部屋に閉じこもっていた。

ドアを掻く カリカリという音が聞こえた。

こうたがドアを開けると、小さな白い犬が部屋に入って来た。

「こら・・・」

犬はベッドに飛び移ると、丸くなって眠った。

こうたは、その犬とずっと見続けていた。

 

ペロはその間もずっとこうたの横にくっついていたが、こうたがそれに気づくことはなかった。

 

 

2013年 1月

 

「あの子、すっかり元気になったわね。」

 玄関のカーペットの上に”伏せ”をして待つ白い犬を見ながら母はつぶやいた。

「ペロが死んじゃった時はどうなるかと思ったけど、今は学校にも行けるようになったし」

 

新しい犬が来てから1ヶ月、こうたはその犬に”シロ”と名付け、世話を始めた。

ペロのことは忘れたわけではないが、今ではシロがいるのだと立ち直って元気に世話をしている。

 

人の一つの対象を想う気持ちは、対象に成り替わる何かが現れさえすれば、自然と消え去ってゆくのだろう。

 

一方、ペロはというと、相変わらず玄関のフローリングの上で”お座り”をして学校から帰ってくるこうたをじっと待ち続けていた。

1月の寒さというのに、ペロは一切フローリングの上から動こうとしない。

そう、真冬のフローリングの冷たさが、もうペロの肉球に伝わることはないのだ。