赤信号渡るなら、堂々と渡れ。
赤信号渡るなら、堂々と渡れ。
自転車で俺は、家から駅までの道を走り始めた。
冬の冷たい風、温かい日差し
よく通りすがる公園にはいつも人がいない
住宅街を抜け大通り沿いの歩道に出ると、車の騒音が一層大きくなった。
その時目に付いたのが彼女だ。
息を切らしながら走る彼女
ショートヘアに細身のスキニージーンズ、黒いウールのジャケット、自身の顔を最大限に生かしていて、ケバケバしくならない程度に抑えられて施された化粧
おそらく、駅までの道を急いでいるのだろう
赤信号で横断歩道を渡れなくなっても、横断しようと行き交う車の様子をしきり伺っている
それを見て、俺は溢れんばかりの下心に蓋をした。
ただの蓋じゃあない。鉄の蓋だ。
しかも蓋と本体の継ぎ目を溶接でガチガチに固めてある。ちょっとやそっと、いや国中の男が総出でも外れることはないだろう。
俺の蓋はそういう蓋だ。
そして俺は彼女に自転車で並ぶとこう声をかけた。
「お急ぎですか?」
「はぁ、、はぁ、、、え?」
「良かったら、自転車貸しますよ。駅前のフレッシュネスバーガーの前に止めてくれてればいいんで」
「本当ですか!?」
彼女は目を見開いて俺を見る。俺は澄ました顔で彼女を見る。
今の俺、めちゃくちゃキマってる。爽やかオブ爽やか。彼女はきっとそんな俺に魅力を感じたに違いない。
「どうぞ」
俺は自転車を降りると、そのハンドルを彼女の方に渡した。
「ありがとうございます!」
そう言って彼女はペダルに足をかけ、走り出す。
俺は思い出してとっさに声を出す
「あ!よかったら連絡してください!俺の電話番号、0903246.....なんで!!」
彼女はこっちを振り向いて笑い、そのまま走り去った。
こうして俺は駅までの道のりを徒歩で移動することになった。
自転車から降りると
急に世界がスローモーションで再生され始めたような感覚
いつもよりもより一層、車の排気音など街に流れる音が強調されているような感覚
自分だけの力でできることなど、高が知れているのではないかという思いが浮き上がる、無力感に近い感覚
がする。
しばらく歩くと横断歩道に差し替さった。
信号は赤だ。横を見ると、自分以外に2人の人が信号が変わるのを待っている。
50代後半の、そこそこしっかり化粧をしてシワのない服を着ている、まだ女を捨ててない雰囲気のするオバサン、シワの具合から60代過ぎで、肌着を着た散歩中であろうオヤジ。
きっと自転車を貸した彼女も、この横断歩道の信号が4回、いや5回か6回変わる前にここを渡ったのだろう、そう、俺の自転車で。
しばらくすると、ピタリと車の流れが止んだ。ここの信号は、変わるまでが結構長い。
オヤジは躊躇なく横断歩道を渡り始める。もう俺には恥も失うものも何もないといったなんの迷いもない歩き。
それを見て三歩ほど遅れて、オバサンも横断歩道を渡り始める
私は赤信号を無視していませんし、もししていたとしてもそんなこと私は知りません。前の人が歩いたから渡ったの。私の責任じゃないわ。そう思い込みたくて仕方がないといった、恐る恐るした歩き方。
おいババア、赤信号渡るなら、もっと堂々と渡ってくれ。
心の中でオバサンに言う。
ゆっくり待つのも良いだろうと思い、俺は信号が変わるまで待つことにした。
しばらく歩いて、駅に着く。
フレッシュネスバーガーの前に自分の自転車を見つける。
駐輪場に自転車を置き、買い物を済ませ家路につく。
自転車を貸した彼女からの連絡は、来ないままだ。