バケツ

言葉を吐きます

絵の中の女

絵の中の女

 

ある一枚の絵があった
その絵は見るものを惹きつけるようなとても美しい女性が俯き加減で葉巻を吸っているという絵で、その絵には逸話があった
絵が愛されたと感じると、絵の中の女が笑うというものだ
その絵は描かれて5年間の間地元の町のカフェに展示されていたが、笑うと言うことが話題になり、高額で買い取られた。

 

しかしその後美術館に置かれた絵の中の女は、人々の様々な試みの中でもしかし一度も笑ったことがなかった
絵が笑うなんて迷信だと言うものもいれば、絵を愛するなど馬鹿らしいと言うものもいた。


だがその絵が描かれた町の住民は言うのだった
初老の男は
「10年前あの絵は確かに笑っていたよ。私が酒を飲みながら「君は美しい」と絵に語りかけた時、本当にあの絵の中の女は少し笑った・・・いや、微笑んだと言った方がいいかもしれない、とにかく、笑ったんだよ」と言い
青年は
「あの絵は本当に笑うんですよ。僕が小さいころ、絵の前カエルの真似をして顎を突き出したら笑ったんです。本当ですよ!」
と真実味帯びた表情で言うのだ

 

そんな噂が溢れているものだから、何とかその絵の中の女を笑わせようとあるとき、絵に愛を示そうと試みた三人の男がいた

 

一人目の男はこう言った
「この絵はきっと夜に寂しがっているのだ。だから私が一晩絵の側で寝てあげよう。そうすれば私の愛に気づき絵の中の女も笑うはずだ」
男は多額の金を美術館に支払って貸切、絵の横で一夜を過ごした。
男は確信していた、絵の中の女は笑うだろうと。
そして美術館の閉館時間から一睡もせず、絵を見つめ続けた。
しかし、絵の女は笑わなかった

 

二人目の男はこう言った
「この美しい絵は置かれている環境が悪すぎる。この絵が置かれる場所は最高の環境でなくてはならない。環境を良くすれば絵の中の女も気持ちよくなり、私の愛に気づき、笑うに決まっている」
そう言って男は美術館のこの絵が置かれている部屋に、当時ではかなり高価であった高性能な空気清浄機とエアコンを設置し、紙にとって最も良いとされる温度、湿度を保つようにし、絵が笑った瞬間をみられるようカメラを設置した。
一日経ったが絵の中の女は笑わない。
男は環境の変化にはすぐに気づかないだろうと思い、辛抱強く待った
しかしどれだけの期間が過ぎても、それでも絵の女は笑わなかった

 

三人目の男は何も言わなかった
ある日突然やってきて、絵の展示してある部屋に入るやいなや、展示品の絵を壁から取り外し、地面に叩きつけた。
割れた額縁から絵を取り出し、一度ぐちゃぐちゃに丸めたあと広げて、何度も破いた。
あまりに衝撃的すぎて誰も止めることができず唖然と見つめていた。
係員が駆けつけた時には、地面に散乱する破かれた絵と無表情で佇む男があった。
男はすぐに連行され、美術館を後にした。その時も男は何も言わずに俯いていた。

 

もう絵は本来の姿を取り戻すことはないだろう。

絵は係員によってまとめられ、その破片の全てを木箱の中に入れられた。

修復され、また美術館に展示されることになるだろうか、それとも、永遠に木箱の中で眠ることになるのであろうか

そして、誰も気づかなかったのだろうか

 

男によって破かれるとき、絵の中の女は、満面の笑みを浮かべていたことに